檜原村・金山鉱山の調査その1

先日、会津若松市にお住まいの佐藤一男先生と檜原村の調査を行った。
佐藤先生と言えば、今年の9月に”最後の山師・・”の講座を行った時の先生で、その博識ぶりには驚かされる。その講座の終わった後に、もっとオモシロイものがたくさんあってまだまだ宝の発掘が終わっていないのだと聞かされ、一緒に調査に行こうと誘ってくださっていたのだがなかなかスケジュールが合わず、やっとこの日の開催となった。一行は佐藤先生と私とTさん。
        
 さて、一行が向かったのは、早稲沢の神社、金山の堀口跡、精錬所跡、檜原村内。
調査と言うより、先生を講師とした小カレッジだ!。先生独り占め・・・ウッシッシ(古い・・)。
早稲沢神社では、四脚鳥居やお宮の造り、灯篭などのお話を聞いた。四脚鳥居は鳥居を親柱としてその前後に支える足がついた鳥居で、会津地方にはあまり存在しないものらしい。格式の高い神社に設置されているものらしく、会津藩の北の守りとして重要な土地であった事が偲ばれる。・・・のだそうだ。その他にもお宮の中に古い絵馬が残されていたり、お宮自体の作りも変わっていて、貴重な建築様式だと解説いただいた。
 面白かったのは、灯篭!だ。交通網が発達していない当時、旅人は歩いて諸国を行脚していたが、宿場に泊れるのはごく一部。それ以外はその地域の神社などを宿としていた人もたくさんいたらしい・・・。(そういえば水戸黄門で見たことがある!)その神社に泊った人々は灯篭の火口の形(月形とか丸型とか)を見て方角を知り得た。といい、陰陽五行説をもとに灯篭が組み立てられていたという。・・・檜原の奥で、マヤ遺跡文明を発見したような驚きだった。
・・・というわけで、この調査はホントに面白かったのでシリーズでお届けする。・・・つづく。

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